先週、米ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催された MKE DMC (Milwaukee Digital Marketing Conference) で、「AI エージェント時代のデータ戦略とエンジニアリング」というテーマで講演しました。普段あまり外で話す機会のないテーマだったので、せっかくなので日本の皆様にも内容を共有させてください。

会場の Tyler Einberger、Renee Girard、Tony Van Hart、Steve Kroll、Casey Cuene の各氏、そして MKE DMC のスタッフの皆様、招いていただきありがとうございました。Q&A も鋭い質問が多く、私にとっても勉強になりました。
なぜ、検索マーケティングの会社がこの話を?
「SEO の会社が、なぜエンジニアリングとデータ戦略の話を?」と思われるかもしれません。
AI エージェントが日常の業務に入り込みつつあるこの時期、検索もマーケティングも、エンジニアリングとデータの世界と急速に融合しています。クライアントへのレポート作成は、ダッシュボードとエージェントで自動化されつつあります。SEO ツール同士の接続は、API から MCP へと移りはじめています。社内ナレッジは、マニュアルではなく AI のコンテキストファイルとして蓄積されていきます。
DemandSphere も、SEO プラットフォームの裏側で、こうした変化の波を自ら受け止めています。今回の講演は、AI を活用する開発者・データベンダーとして考えていることをお話いたしました。
Founder mode と、新しい SaaS の形
ポール・グレアムが提唱した Founder mode(創業者モード)は、急速な AI 化の時代に、世界的に再評価されている重要な概念です。マネージャー的に分業して委譲するのではなく、ユーザーに近い場所で、素早く作って試し、手を動かし続ける働き方です。創業時の創業者の気持ちで仕事に取り組む。AI によってこれが可能となり、マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクが現場でコードを書くことが増えました。まさに私も、当社のメンバーも AI をフル活用して日々開発に没頭しているところです。
もうひとつ、大きな変化があります。「Software as a Service」が、「Service as a Software」に置き換わりつつあります。クライアントは、システムに対価を払っているのではなく、そこから出てきた結果に対価を払うのです。価値観自体の変化を強く感じます。結果にコミットするため、AI が間違ったときには最終的には人間が責任を持つ必要があるでしょう。これが新しい SaaS の実態だと私は考えています。
バイブコーディングと AI 駆動エンジニアリングの違い
AI と対話しながら、気分と直感に従ってコードを書くバイブコーディングも世界的にブレイクしていますね。やや軽く見られがちですが、プロトタイプや検証のスピードを劇的に上げてくれるので、馬鹿にできません。私たちの会社では毎日のようにプロトタイプが作られています。
ただし、バイブコーディングと本格的な AI 駆動エンジニアリングの間には、明確な境界があります。それは「デプロイと運用」です。プロトタイプを作った後、本番で動かすためには、テスト、デプロイ、手動・自動の運用が必要になります。製品として世の中に出すには、開発後の運用が大切なのです。
この話は、AI ツールのカンブリア爆発とも密接に関係します。SEO ツールは毎週のように増え続けていますが、本番環境でちゃんと使えるのか。すでに多くのツールが消えています。
コンテキストウィンドウという「通貨」
AI の世界では、トークンが通貨です。コンテキストが重ければ重いほどトークンを消費し、コスト、レイテンシ、あらゆる予算を食ってしまいます。
優れた AI 開発ワークフローは、最終的に必ずこの問題を解決しています。圧縮し、要約し、重複を排し、必要なものだけを取りに行く。コンテキストウィンドウを最適化するということです。AI によって開発は誰でもできるようになりましたが、この観点がないと、無駄の多いシステムとなってしまいます。
ツールと開発フロー
実務で使っているツール群も紹介しました。
Claude Code は、現時点でチームに AI 駆動エンジニアリングを根付かせるのに、もっとも洗練された選択肢のひとつです。チーム環境で機能させる鍵は、ファイルベースのコンテキスト管理にあります。
CLAUDE.md は、Claude Code にプロジェクトの前提や慣習を伝えるマークダウンファイルです。階層構造を取れるので、ブランチごと、サブフォルダごとに定義できます。コードマップや ERD 図を Claude Code 自身に生成させ、人間と AI の両方が参照する「共有のコンテキスト」を育てていく。この方式が実務でよく機能します。
人間にとってのコンテキスト保守は、AI にとってのそれと同じくらい重要です。Mermaid (mermaid.live) のような軽量なダイアグラム記法は、この用途で非常に役立ちます。シンプルなテキストベースの標準(HTML、Vanilla JS、JSON、CSV、Prompts、Git、Markdown、Mermaid など)に賭ける、というのが私の考えです。
MCPは、Anthropic が提唱したオープンプロトコルで、AI エージェントに外部ツールをつなぐための仕組みです。最初はローカルで自前ホストするところから始め、そこから本番デプロイへ進むのが通常の道筋になります。バイブコーディングと AI 駆動エンジニアリングの違いは、ここにも顔を出します。デプロイするまでは「実験」、デプロイして初めて「プロダクト」です。
ただし、MCP には固有のセキュリティリスクがあります。クライアント側では、MCP に過剰なアクセス権を与えてしまうこと、プロンプトインジェクション、データや鍵の漏洩。サーバー側では、ツール入力の検証不足、出力のサニタイズ不足、レート制限の不備、アクセス制御の甘さ。自分で作っていない「Skill」を使う場合は、サプライチェーン攻撃のリスクも考慮が必要です。テストスイートを必ず用意することが、出発点になります。ぜひお気をつけください。
データ基盤とナレッジベース
検索マーケティングという仕事は、読者の頭の中のコンテキストウィンドウに入るためのものだとつくづく思います。これを実現するには、読者の行動と動機について大量のデータが必要になります。Google Search Console、検索ボリューム、SERP データ、ログファイル、LLM 経由のデータ、クエリファンアウト。データの種類は、これからも増え続けます。
問題は、このデータをどこに置き、どうやって取ってくるか。
API は単体では負荷の課題があります。MCP は API の利用を効率化しますが、MCP 自体は transient(その場限り)な性質を持ちます。API から直接ダッシュボードにつなぐとレイテンシが課題になり、API から直接エージェントにつなぐのは粒度が細かすぎる場面もあります。
多くの問題は、間にデータウェアハウスを挟むことで解決できます。BigQuery、Clickhouse、Snowflake などがあります。BigQuery が最も無難でしょう。BigQuery をシステム間のデータバッファとして使う構造が、実務ではよく機能します。

エージェント向けのナレッジベースには、コンテキストファイル、LLM Wiki、RAG のいずれかを選ぶことになります。ここで難しいのが、エンティティ正規化 (Entity Canonicalization) の問題です。同じクライアントや商品が、複数のシステムで別々のキーとして存在する場合、これを統一するのは簡単ではありません。
AI 封建主義にどう備えるか
最後に、講演の締めに使ったテーマを共有します。
英語圏の技術・経済論壇では、近年 AI feudalism(AI 封建主義)という概念が議論されるようになってきました。中世の封建制になぞらえた表現で、OpenAI、Google、Anthropic、Meta といった一握りの巨大企業が、AI モデル、計算資源、データという「土地」を独占し、その上で事業を回す企業や個人は「地代」として API 料金やサブスク料を払い続ける構造を指しています。経済学者ヤニス・バルファキスが論じた「テクノ封建主義」を、AI の世界に当てはめた議論です。
自前のモデルや計算基盤を持たない限り、プラットフォームの一方的な判断に全面的に依存することになります。日本の読者にとっても他人事ではありません。生成 AI を業務に組み込めば組み込むほど、少数のプラットフォームへの依存度は静かに高まっていきます。
この流れをひっくり返すのは難しいとしても、以下のような備えはできます。
- 自社で計算能力を持つ、あるいはその能力を育てる投資をする
- オープンウェイトモデルで何ができるかを学び続ける
- 自社のデータと知識は、プラットフォームの外にも持っておく
AI は今後さらに、生活と仕事の中心に入り込んできます。そのとき、使う側に回るのか、使われる側に回るのか。これからの数年で問われる分岐点だと、私は考えています。
おわりに
今回の講演は、SEO やマーケティングに関わる方にも、エンジニアの方にも、何かしら手を動かすきっかけになればと思って準備しました。スライドと動画を以下に置いておきますので、よろしければご覧ください。Q&A の音声は会場の都合で十分に拾えなかったのですが、私の回答からおおよその流れは追えるかと思います。
次の登壇は、ニューヨークでの「SEO Week」(2026年4月末)です。そちらでは検索側のテーマを中心にお話しする予定です。
DemandSphere は、業界に役立つ知見の共有を今後も続けてまいります。
