ランド・フィシュキン氏講演「トラフィックの終わり」解説

2025年10月29日。FOUND Conference のクロージングキーノートに立ったのは、SparkToro CEO のランド・フィッシュキンだ。SEO 業界でこの名を知らない人はいない。Moz(旧 SEOmoz)の共同創業者としてホワイトボード・フライデーで SEO を体系化し、ゼロクリックサーチの研究を切り拓いた人物である。ランドを見るために、このカンファレンスに参加したという人も少なくない。観客の期待が高まる中、彼は日本の SEO 専門家たちにこう言ったのだった。

「もう、トラフィックの最適化はやめよう」

FOUND Conference 2026 が 7月に迫る中、あらためて、ランドが何を語ったのかを振り返ろう。(執筆:室屋 武尊)

増える検索、届かないクリック

「今日はデータが盛りだくさんなんだ」とランドが笑って切り出すと、会場の空気が和んだ。使うのは数百万のクリックストリームパネル(米国・EU・英国が中心)。日本のパネルは小さいが、FOUND Conf でどうしても発表したいとベンダーに無理を言ってデータを集めてきたという。約 70ページのスライドのほとんどに、なんらかのグラフやデータが含まれていた。

最初にランドが取り上げたのは「AI によって検索は終わるのか?」というホットトピックだ。

スライドには、米国デスクトップの伝統的検索(Google・Bing・Yahoo・DuckDuckGo)と AI ツール(ChatGPT・Claude・Gemini・Perplexity・DeepSeek)の月次利用率が並ぶ。青が検索、ピンクが AI。ピンクは確かに右肩上がりだ。だが青はほとんど動いていない。2023 年 1 月の 96% が、2025 年 6 月で 95%。増えも減りもしていないのだ。

Pink is not eating blue ― ピンクはブルーを食べていない、とメモしておくように。あとでノートを見返して、意味がわからないかもしれないけど(笑)。でも、これが今日いちばん言いたいことなんです。AI は従来の検索を、奪っていないのです」。

月 10 回以上使うヘビーユーザーで見ても結論は同じで、伝統的検索のヘビーユーザーは 2023 年の 84% が 2025 年に 86%、ほぼ変わらない。かつて 2010 年前後にもソーシャルが検索を殺すと騒がれ、Google は焦って Google+ という巨大な失敗作を生んだが、検索量が減ることはなかった。チャネルが増えるほど、人々は新たな検索をするのだ。ランドは今の「AI 脅威論」も同じ筋だと見ている。

では安心か、というとそうではない。ランドが指摘するのは、検索が増えてもクリックが増えないことだ。

2024 年、Google の発表によると同社の検索クエリは前年から 21.64% 増えたという。では、あなたのアナリティクスは 21% 伸びただろうか。みんな首を横に振る。AI ツールはさらに問題だ。ChatGPT のセッションのうちオープンウェブへ遷移するのは 2% 未満、Gemini に至っては 0.01% だという。

検索の絶対量は増えた。AI の利用も増えた。だがウェブサイトへの流入は、増えていない。これこそ真の論点なのだ。

プラットフォームによる囲い込み

クリックが来ないのは偶然ではない。プラットフォーム側の都合である。

AI 検索の成長率の話になると、ランドの表情が変わった。AI ツールの普及率は、確かに伸びている。だがその「伸び率」を折れ線にすると、鈍化傾向が明確だ。このままなら 18〜24 カ月で成長はほぼゼロに近づく、と彼は読む。AI は従来の検索を奪うものではないという、最初の話にも繋がる。

そこへランドは、ある小ネタを差し込む。ChatGPT が「スパイシーなコンテンツ」の解禁を発表した、というニュースだ。「スパイシーの意味は、説明しなくていいですよね?」と会場に振ると、何人かが苦笑してうなずいた。成人向けコンテンツの解禁である。

「イーロン・マスクが Twitter を買収して、変なコンテンツに溢れかえったとき、私はすぐピンときました。ああ、困っているんだ、と。他に成長の手がないとき、人はこれをやるんです」

ユーザー数が鈍化したプラットフォームが次に狙うのは、1 人あたりの収益だ。2014 年に比べると、ソーシャルの自然リーチは激減している。Facebook 公開ページの平均エンゲージメント率は当時の約 2% から 0.063% へ。SNS はユーザーを外部サイトに送ってくれない。実際、イーロン・マスクが公開した Twitter のアルゴリズムには、「リンク付きツイートのリーチを 90% 下げる」とはっきり書かれていた。

プラットフォームはユーザーを囲い込みたい。外部サイトに人を送りたくない。そして刺激的なコンテンツでユーザーを猛烈にエンゲージさせる。その利益構造は、プラットフォームから集客を狙うマーケターと、根本から対立している。

何を求め、どこに行くかを決める

ランドは自らの「しょっぱい」出来事を語った。

スライドに映ったのは、彼の Twitter アカウント。16 年かけて育てた 462,000 人のフォロワーが、ほとんど休眠状態になっている。一人のビリオネアの判断が一夜で無価値にしたのだ。

「”借り物の土地に家を建てるな” という言葉があります。自分のメディアに引き込めということです。でも、ソーシャルメディアを捨てて完全に自分のブログに移行するは簡単ではない」

ランドが現在メインで使っているのは LinkedIn だという。同じ動画を LinkedIn と自社ブログ(メール購読者 40,000 人)の両方に出すと、LinkedIn が 34,000 再生、ブログは 700 再生だった。「広く影響を届けたいなら、人のいる場所に行くしかない」。

YouTube も Reddit も Bluesky も、すべて「借り物の土地」だ。そしてランドはもう一歩踏み込む。「Google の検索結果ページも、借り物の土地です」。SEO と SNS はどちらも本質的には変わらない。

つい最近の例として挙げられるのは HubSpot だ。2025 年初頭、HubSpot のブログトラフィックが 80% 減ったことが業界で騒がれた。暗黒時代の始まりだと囁かれたが、決算は過去最高収益、株価は上昇。

「トラフィックが 80% 減って、収益は過去最高。何が起きているんでしょう?」

答えは明快だ。トラフィックは、最初から KPI ではなかった。虚栄の指標(バニティ・メトリクス)だったのかもしれない。

むしろトラフィックを投資判断の基準にすると、「Google の道化師」になるとランドは警告する。カンファレンスで講演を聞いた人が、後日 Google で検索してサイトに来る。アナリティクスにはGoogle からの流入が刻まれる。だが本当の起点はカンファレンスだろう。SEO しか考えられなくなると、道化師と化す。

ゼロクリック・マーケティング

ランドは「餅ドーナツ」と名づけたチャートを紹介してくれた。二重のドーナツ円で、内側がオーディエンスに影響を与えているチャネル、外側が自社の予算配分を示す。この内と外がずれている会社は、お金を間違った場所に注いでいる。

このチャートの外側が展開されると「餅ドーナツ」が完成する

チャネルは業種で異なる。グラフィックデザイナーに届けたいなら Behance や Dribbble、B2B サービスなら特定の Slack コミュニティや業界カンファレンスかもしれない。自前ではなく借り物の場所に進出するという点では、どれも同じだ。

AI 検索に対策すべきかを考える前に、まず自社の餅ドーナツがきれいな形になっているかを確認しよう。

最後に、友人スコットの話を紹介してくれた。本質的に大切なことがギュッと凝縮されたエピソードだ。

スコット・ハイミンジャーは発明家だ。自宅のラボで、結晶を積層して超音波電流を包丁に流す実験をしていた。電流を最も通しやすいのが日本製の鋼材で、彼は日本の刃に着想を得て独自の製品開発に熱中する。そうして生まれたのが、超音波シェフズナイフだった。

ウェイトリストには 14,000 人。発売日に一斉メールを送った――が、すべてスパムフォルダに入ってしまった。彼はメールマーケティングのノウハウがなかったのだ。初週の売上は、たったの 40 本。落胆したスコットの話を、ランドはつらい気持ちで聞いたという。

その後、スコットは動画を一本だけ作った。購入サイトへのリンクなし。地道に研究してきた自分にしか語れないことを、どうしても伝えたかった。

結果、たった1 週間で約 7,500 万円も売れたという。動画を見た人が検索し、SNS で拡散し、トラフィックが集まった。検索流入は指名検索のみだった。

「これが、ゼロクリックマーケティングの実例です」

ランドがゼロクリック・マーケティングを提唱し始めたのは 2010 年代半ばに遡る。今日の結論は、その延長線上にある。クリックがなくても、人の心は動かせる。心が動けば、行動になる。

「マーケティングはこれを 500 年前からやってきました。私たちは本来、これが得意なはずです」

オーディエンスが注目する場所で、正しいメッセージを届ける。難しくも新しくもない。クリックのことを考えないマーケティングだ。

「デジタルマーケティングの未来は、今以上のものでなければならない。クリックやトラフィック以外の KPI を持ち、オーディエンスが注目する正しい場所で、正しいメッセージを届けることに集中しましょう」

それを言い残し、ランドは拍手の中で壇を下りた。彼が長年くり返してきた主張ではある。だが AI の登場で困惑する今となると、言葉の重みが違う。彼のストーリーとデータが、説得力をもって「今がその時だ」と告げていた。

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